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おそ松さん#24

「まぁ面白いかな」程度に見ていたので、「これpixivで見た」みたいな感情は特にないっていうか、「pixivで見てない」のでアレ(おそ松さんに泣きとかエモさを求めてない)なんすけど、もう振り返りますね。

オタク的に好きな回は「トド松と5人の悪魔」「一松事変」とかかなぁ。一人の人間として好きなのは「神松」です。地味に「シェーWAVE」も聴いてました。

まず、公式の「うまさ」(特にED6分割は"すごい"と思った)と、単純なカオスがとても楽しかった、っていうのと、やっぱりキャラ設定や関係性の上手い作り方のエッセンスみたいなのがたくさんあってヒットすべくしてヒットした感じがします。TV Brossでヒャダインも言ってたんですけど、「見た目で差異がない集団に対して推しを見つけて愛でる現代人のあり方にハマった」っていうのは私も思ってて、「○○松」とかカラーリングとか描き分けも含めた公式の「うまさ」っていうのを言いたいんですよ!!やっぱり対象を対象のみで愛する時代って終わったんでしょうか。ライブで推し色に身を包むみたいな、「自分が推しを推してること」の重要度が数年前に比べて明らかに高くなってる気がどうしてもしてしまうんですよね。その理由は頭のいい人が説明してくれてると思うのでそういう記事とか見つけたら教えてください。

現代は「対する人や集団によって"キャラ"を使い分けるようになった」っていうのは下の本(の一部)を読んで納得したんですよ。

(全部読んだらまたブログ書きたいと思います)

 それの一つの例ってまさにアカウントの使い分けじゃないですか?Twitterのアカウント大量に持ってる人いますよね(私も10個持ってたりしました)。 

おそ松と全く関係ない話になってしまった………

けど、「こういうことをするのはこのキャラだな」みたいなのは明確じゃないですかキャラがはっきりしてるから。アニメで動かすとツッコミは決まってチョロ松でしょ、だって「そういうキャラ」だから、っていう?現実だと普段十四松キャラの人がツッコミしたって「めずらしいねぇ」くらいは言われるかもしれないけど、ありえない話ではない。でも現代では「キャラ化」が進んでいるから、現実でも普段ツッコミキャラの子がボケに回るのがないのかもしんない。その、「役割」みたいなのも現代的でうまいって思っちゃう。キャラに沿った役割がきちっとしてるから逆に私は一松のどっちにも振り切れるニュートラルさも好きです。神谷回のラジオでも言ってたんですけど、おそ松兄さんの「ある意味普通の裏を返せば何にでもなれる(が、そう見せない)」も素敵!

以上がだいたい私が2クールで感じた「うまさ」というか「2015年だからこそ流行った」と思わせるところなんですけど、希望としては全部考え練られた結果であってほしいです。そこまで流行する仕掛けを作っておきながら、「このアニメ、ヤベェ……」ってつい言ってしまうようなとんでもないことがしょっちゅう起きるところがさらに魅力的です。「北へ」とか「実松さん」とかマジで意味わかんないもん。一番の収穫はいりのみゆの妙なリアル演技とゆーいちなかむらの"良さ…"